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2015. 04. 03  

デッキ構築について自分の感じたことを書きます。

理詰めという考え方についてです。


「構築は理詰め」というのは、頭の弱い自分でも分かります。

ただ、ほんとうにそれが出来ているのは「出来る人だけ」なんだろうなと思います。自分はできません。
「理詰め」なんてマネてできるようなこととはとても思えませんし、トレーニングしたって出来ない人には出来ないものだと思います。


自分は理詰めとは縁遠い感覚派だと思っています。
デッキの調整とかもしますが、理詰めによる調整では無くて感覚による調整が主ですね。

ここで勘違いして欲しくないのは”気分で変えるわけではない”ですよ。

デッキを回してて「これは違うな」と感じたものは外す候補になり、デッキを回してて「あんなカードがあればこんなことできるな」と思えば入れる候補になります。

「これは違うな」と思ったカードがあっても「かわりにこっちを入れたい」と思うカードが無ければ、いっそデッキ丸ごと「これは違うな」と考えるようにしています。

デッキの中身を少し替えて劇的に良くなるなんて幻想だと思っていますし、「そのデッキを使って自分が勝つイメージが出来ないもの」にいつまでも拘る考えも持ち合わせていないので。


「このデッキを握れば大体勝てそうだ」というのが自分にとっての使う(戦える)基準ですね。使う(戦える)の一段下に、遊ぶ(気分転換、実験要素)という枠組みもあります。こちらでは少しやわらかい構築に挑戦しますが、それでも「それとなく勝てそうだ」というレベルのものしか使いません(対人しません)。

対人の機会は貴重なのでゴミのようなデッキを回すと時間がもったいない。


自分がガチと思って使うデッキは「自分が考えてたものより強い/勝てる」と感じたものを、ガチと呼ぶようにしています。ゲームに限らず物事は「自分の思っている程度」の結果なんて並です。「自分が思っている以上のもの」がきて、そこで上等になる。

対戦ゲームにおいて「自分の思っている程度のことしか起こらない」のであれば、普通「自分が勝つ」イメージになります。しかし、互いがそう思っているわけで、でも現実には片方が勝ち、残りは負けです。

多くの試合内容は「自分の思っている程度のことが起こらない」というのは明白です。


私は「自分が思っている程度のゲーム内容は来ない」と考えているので、理詰めの構築術はあきらめました。
「自分の思っている程度のゲーム内容しか起こらない」のであれば構築なんてどうでもいいことだし、「自分の思っている程度のゲーム内容の質が低」ければ現実に通用しないということなので。

ほんとうに理詰めができる人というのは「その人の想定するゲーム内容の質が、どれほど現実に通用するか」ということにかかっていると思います。

そんなこんなで、自分は「自分が思っている以上の構築」が重要と考えます。
理詰めの人たちは「自分のポテンシャルを100%出す」ことが命題なのでしょうが、理詰めの出来ない自分は自分の力を100%発揮したところで足りないので、「自分が思っている以上の構築」を使って自分のポテンシャルを100超で挑む準備をします。


あとは、そのデッキに対する「慣れ」ですかね。自分が思う「強いデッキ」とは、楽に勝てるデッキのことです。カードを並べるだけで勝てる、とか極端なことを言ってしまえばそういうことです。
ゲームには勝てるけど難しい、というのは自分にとっては強いデッキとは呼びづらいところです。


いろいろと書きましたが、だらだらと書いただけになったかもしれません。
まとめもなく おわり

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